「自作を語る」栗原奈名子

(「ドキュメンタリーのメルマガ「neoneo」11月15日号より転載」)


ブラジルから来たおじいちゃん
Um Senhor do Brasil visitando brasileiros no Japão

ポレポレ東中野で現在、公開中の「ブラジルから来たおじいちゃん」は、サンパウロ在住のブラジル移民一世の92歳のおじいさんが日本にデカセギに来ている若い世代を訪ねる旅を追いかけたドキュメンタリーです。

主人公の紺野堅一さんには、30年前サンパウロで出会いました。大学生になった私を初めての海外旅行にと、父がブラジル出張に連れて行ってくれたのです。紺野さんは、父の昔の同僚のおじさんでした。日本にいるおじいさんとはなんだか違う。日本を外から見る視点を持っている。話す歴史のスパンも長い。それまで聞いた事もなかった日本敗戦後のブラジルでの勝ち組負け組などの話をされて、それまで「平和な」日本で月並みな暮らしをしてきた私は、紺野さんの話に目を開かれる思いでした。バスに乗ってサンパウロの街を案内して下さる紺野さんと、政治や経済、歴史等についてずいぶん話しました。とにかく紺野さんの話がすべて新鮮でした。

そして、なによりたんたんとした人柄に魅力を感じました。辛酸をなめてこられたであろうに、いつも穏やかな紺野さんのあり方に、深く引きつけられたのです。ブラジルにもっと長く滞在したいと言うと「家においでなさい」と誘ってくださり、今で言うホーム・ステイを一ヶ月させていただきました。ご家族と一緒にブラジルの食べ物を食べ、サンバを踊りに行きました。

日本に戻ってからも手紙などで交流が続きました。ところが、その後、私がアメリカに行ってしまった事もあり、一旦連絡が途切れました。しかし、世界を広げてくれた紺野さんの存在は、私の心の深い所にしっかり息づいていました 。

04年にブラジルに行く機会があり、躊躇なく紺野さんに連絡しました。紺野さんは、以前、私が泊めていただいたお家に、元気で住んでおられました。20年の空白は一瞬のうちに消え、親しく話す事ができました。そして、彼が毎年、日本を訪れている事を知ったのです。

家族の反対を押し切って、飛行機だけでも26時間の旅をして、どうして日本に来られるのか。いったい日本で何をしておられるのだろうか。そもそもどうしてブラジルに移民されたのか、またブラジルに渡ってからどういう暮らしをしてこられたのか、それもきちんと聞いていない。日本での旅に同行して、話を聞こうと思い立ち、カメラを手に取りました。

最初は、紺野さんの人物像を描くつもりでした。しかし、撮影をはじめてみるとすぐ、紺野さんとの旅を通して、「グローバルな移動」をとらえることにもなったと気づきました。移住の時代と呼ばれる現代を先駆ける形で生き抜いてきたブラジル移民の紺野さん。そして、現在、移住労働者として日本にデカセギに来ている次の世代の日系ブラジル人とその家族たち。数世代にわたって国境を越えて生きてきた人たちの姿をひとつの流れの中で、描き出すことになりました。

新聞等で多数のブラジル人が日本に働きに来ていることは、知識としては知っていました。しかし、大半のブラジル人は地方の工場で働いており、都市に住む私が出会う事はありませんでした。紺野さんと旅に出る事によって、日本の中に存在しながら、これまで私には見えていなかった彼らの生活、まさに彼らの居間に突然飛び込む事になったのです。

紺野さんと二人で旅をしながらの撮影は、穏やかなものでした。撮っている時に気にかけたのは、音です。ブラジル人たちの集まるところは、大きな音量でブ ラジルの音楽が鳴っていたり、テレビがついていることが多いのです。一方、紺野さんの声はソフトなので、音を拾えるかどうか心配でした。とにかく近づいて撮るように留意しました。

編集では、現在と過去、日本とブラジル、パーソナルなストーリーと大きな歴史の流れ、異なる時空や層、旅で訪れる様々な場所と人々といった要素をどのようにバランスよくとりまとめていくのかが大きな課題でした。自分自身をどれほど組み入れるのかも思案のしどころでした。インタビュアーとしては、前作*のように相手の主張を明確にするために特別に配慮した質問をするというより、静かに彼の話に耳を傾けました。

特に注意を払ったのは、場所の設定を明らかにすることです。毎週一度出かけるデイケアは、彼のブラジルでの日常生活のメインイベントですが、日系教会での日系人のためのサービスなので、よほど注意深く見ても、日本のようにしか見えません。逆に日本にあるブラジル人のためのショッピングセンターの外観は、どう見てもブラジルです。見る人が混乱しないだろうかと未だに心配です。しかし、それは、ブラジルの中に日本があり、日本の中にブラジルがあるというまさにその現実でした。

一見ほのぼのとしたストーリー展開ですが、紺野さんが発する、たんたんとした言葉の中に、国の施策や当時の年配者へのクールな批判、日本人とはいったい誰なのかという根本的な問いが存在します。紺野さんは、「棄民」として日本からブラジルに送り出されたのかもしれない。しかし、彼の静かで毅然とした姿を見て、実は迷い子になっているのは、自国にいて多数派だと思い込んでいる私たち自身なのではないのかと感じざるを得ないのです。

*「ルッキング・フォー・フミコ」(1993年)

『ブラジルから来たおじいちゃん Um Senhor do Brasil visitando brasileiros no Japão』
(2008年/日本/DV/59分/カラー/日本語・ポルトガル語/ポルトガル語・日本語字幕)
監督:栗原奈名子
撮影: 栗原奈名子 、エリオ・イシイ
整音:小川武
編集:斉藤貴志、今野裕一郎
出演:紺野堅一、成松政行、成松より子、ファビオ・岡・ダシルヴァ、ロベルト・ダシルヴァ、ドグラス・岡・ダシルヴァ、エリアーネ・岡・ダシルヴァ他
オリジナル音楽:道下和彦
音楽アドバイザー:稲岡邦弥
題字:小澤薫
日本語・ポルトガル語字幕:リリアナ・ユリエ・マスダ・オダ
ポルトガル語字幕:ホベルト・マクスウェル、パメラ畠
協力:関西ブラジル人コミュニティ、NPO大阪アーツアポリア、BUSSTRIO、Rabadas Cultura Clube
制作:MuchaKU Lab
配給 :アムキー

『ブラジルから来たおじいちゃん』公式サイト
http://amky.org/senhordobrasil

上映スケジュール
東京/ポレポレ東中野現在公開中
11/8(土)~   毎日、午前11時より(一日一回上映)

高崎/シネマテークたかさき
11/22(土)~28(金) 毎日、午前10時より(一日一回上映)

越前市/ 越前市文化センター小ホール
12月13日(土)午後2時より
越前市国際交流協会 TEL: 0778-24-3389

広島/横川シネマ
12/14(日)~12/26(金)

大阪/第七藝術劇場、京都/京都シネマ、名古屋/名古屋シネマテーク公開予定

栗原奈名子(くりはら・ななこ)
大阪府出身。1993年、ニューヨーク在住中に製作した『Ripples of Change ルッキング・フォー・フミコ』が海外の映画祭で受賞。94年には、東京国際女性映画祭に招待。アメリカ合衆国、オーストラリアの公共放送で放映される。『ブラジルから来たおじいちゃん』は第2作。